2007年4月4日水曜日

モジャな女性校長アミナ先生と金持ち宅でビクビクのはじまり

このへんの日記は、2010年に、バングラデシュではなく日本で、そのときに書き残していたメモやら日記やらレポートやらを見ながら書いているものです。だからつまりそのときのリアルな、リアルタイムな、リアル興奮な、そんな気持ちやら、終わったあとの、ちょっと冷静になって見た感想なんかが混じっている。深夜特急か!

EBLC(語学学校)の二日目。

もちろん停電は、勉強中にもやってくる。ろうそく灯りの教室。

そして今日から語学訓練の一環、ホームステイのはじまりだ。同期10人がバスに乗せられ、それぞれを受け入れてくれるホスト宅でひとりひとり降ろされる。そのときにならないと、自分がどの家なのかわからない。バスが止まりそうになったときのまわりの風景なんかを見て、「ここか……」「ここはヤだな」「いいな」などと密かに喚起恐怖の繰り返し。

右に見える建設途中みたいなアパートが、同期のホームステイ先。



空き地でこどもたちが、クリケットをしたりギャングみたいな雰囲気で遊んだりと、見ていて飽きない。



バスはミルプール地区を走る。


僕がホームステイさせてもらうのがココ。「イチバン当たり」とされている(あとで知った)家で、ホストファミリーのなかでは最も金持ちでいい家。これまたあとで同期に確認すると、個室が与えられていたのは自分だけだった。ホームステイというか、ペンションに泊まっているみたいだ。

この家はおじいちゃんとおばあちゃんの老夫婦と、その孫のイザン、三人の暮らし。娘夫婦は海外にいるそうだ。しかしこのときの僕のベンガル語はさっぱりだったので、「死んだ」説もある。
ここのおじいちゃんは、数十年前、まだこの国が東パキスタンだった時代にクリケットのナショナルプレーヤーだったそうだ。家にはその頃の写真やトロフィーがいっぱい飾ってあった。

これがこの家の王様、イザン。クソがきである。

カメラをとりあげられる。

この家に住み込みで働いている少年。料理、洗濯、掃除は彼の仕事。15歳。

この人はドライバー。プライベートカーを持っているホストファミリーもここだけだった。

夜は車で知り合い(親戚?)の結婚式へ。400人ぐらいの人がいて、あまり話せない僕は周りの人にニコニコしながらトルカリをかきこむ。疲れた。

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